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日本の賃金が上がらない理由(大企業の中の人目線で)

日本の賃金が先進国で最低レベルだとか、韓国に抜かれてるとか、労働分配率が何十年ぶりの低さだとか、客観的なデータが出てきて、日本の賃金の異常性が明らかになってきている。

 

これについては、経済学者、大学教授、人事の専門家などが「なぜ日本だけ賃金が上がらないのか?」という議論をしているが、現実を知らない学者の理論の話だったり、人材業者のポジショントークだったりして、実態と乖離しているので、日本の大企業の中の人目線で現場に近いところについて書いてみたい。

 

(人事制度に基づく定期昇給

日本の賃金上昇率は2%前後で、先進国だと3、4%程度、新興国で5、6%程度と比較するとかなり低い状態が長い期間継続している。

インフレでも、過去最高益でも変わらず、2%で安定している。他国と比べると不思議である。

 

日本の昇給がどのように決定されているのかをミクロに見れば、人事制度に基づく定期昇給が大部分でベースアップが1割(未満)となっている。

 

人事制度に基づく定期昇給の多くは資格等級制度に基づく昇給である。

職種別に昇給表を作って、A等級、B等級、C等級という感じに区分して、その中でどのランクであるかが経験年数や評価で決定され、総合職、B等級、5区分、なので、40万円です、という感じに自動で給与が決定される決まりである。

 

日本の多くの会社は職能で賃金を決めており、能力を毎年査定するのは面倒なのでこのようなお手軽な資格等級による給与決定がなされる。

これは人に賃金が紐づけられる制度で、職務変更を伴う異動ができるという柔軟性があり、会社にとって都合が良いものである。

 

この資格等級制度はバブル期くらいに形成され、平成不況下で成果評価や役割などの流行を取り込んで魔改造されていったが、時代背景を考えれば、

バブル期には「いかにインフレ下で人件費の高騰を抑えるか」が重視されてきたし、平成不況期は「理屈はいいから、とにかく短期的にいかに人件費を抑えるか」が重視されてきた。

 

現代ではイノベーションが競争力の源泉でいかに人件費の高いスター人材をアクイジションしてリテンションするかという考え方に変わってきているが、

バブル期は人件費はコストの時代であったし、平成不況下はとにかくコストを抑える必要があり、人件費は投資とは見なされなかった。

 

昭和の会社は他社よりも安い人件費を誇っていたし、悪い環境でも社員が辞めないことを誇っていた。働く側も長時間労働や休みがないことをドヤっていた。

現代のベンチャー企業やIT企業はいかに人件費を高く出しているか、いかに良い環境を提供しているかをドヤっているので真逆である。

人件費に関する考え方がコストなのか投資なのかということである。

 

結果、日本の人事制度に基づく昇給は2%程度に落ち着いたが、この水準は何なのかというと、定年退職者を考慮すると、総人件費が増えない水準である。

総人件費が増えない水準に昇給を設定したら、2%だったというのが正しい。これを制度としてビルトインすることで、たまたまアホが社長になっても、

自動操縦され人件費倒産や人材流出が発生しないようにした。日本企業ではアホが社長になることがあるので、この仕組みがビルトインスタビライザーとして機能するのだが、一方で、有能な人が社長になっても人事システムが強固すぎて変えられなくなってしまった。採用、評価、育成、配属、報酬、代謝といった人的な仕組みが全て関係してくるのである。

 

さて、低い賃上げ率は一見、企業側に都合のいい仕組みに見えるが、バブル期にはそうでもなかった。

資格等級制度を作って、ベースアップで資格等級ごと持ち上げることで、将来の昇格後の給与は今よりも高くなる。

これにより、年功序列で後から昇格する前提では、生涯賃金を上げることができた。

バブル期は若い人の人口が多かったから、目先の賃金を抑制するという企業側の狙いがあった。

(その後、その人たちが45歳以上になり企業の態度がどう変わったのかにはあえて触れないがひどい話である。企業がいかに短視眼で、ど短期の賃金抑制しか考えていないのかわかる事例である。)

 

インフレでも最高益(生産性が過去最高)でも、株高(近い将来の期待利益が最大)でも、法人減税(企業が金ジャブ)でも日本の賃金はなぜ上がらないのか?

答えは、「バブル期や平成に作られた人事制度に基づく昇給がほとんどで、業績や株価やキャッシュフローは関係ないから」ということである。

むしろ、こうした外部環境変化から賃金を切り離して、安定的に安く維持するために資格等級制度が作られたわけで、当然の結果とも言える。

 

アホ学者は日本の賃金が低いのは生産性が低いからというが、ぶっちゃけ生産性がどうのは賃金とほとんど関係ない。

なぜかというと、そもそも、人事制度に生産性をベースに給与を決める仕組みがビルトインされてないからである。計算式に入ってないのだから、関係ないのである。

 

また、そもそも、生産性が急上昇していく局面で人件費を生産性に比例されずに低く抑えるための給与制度だったわけなので、生産性向上しないと賃金が上がらないと言っているアホ学者は現実も歴史も知らないのである。

 

(日本の賞与の特殊性)

さて、人事制度に基づく定期昇給は月給の話で、賞与は企業業績や個人の業績に基づく評価によって決定されることが多い。

こちらは生産性が影響する。企業業績が過去最高なのだから、賞与が数倍数十倍になっていてもおかしくないのが、ならない。なぜなのか?

 

これは日本の賞与の特殊性が影響している。日本では月給に連動して残業代や社会保険料(多くの場合退職金や年金も)が決定されるため、企業は月給を増やしたくない。

このため、本来月給として支払うべき額を賞与として払うという慣行が強い。年間の賞与が5−6ヶ月であれば4ヶ月程度は固定賞与として赤字でも支払う。

つまり実質的に変動するのは1−2ヶ月分にすぎない。過去最高益でも賞与がせいぜい1ヶ月分増えるだけなので人件費の増加が抑制される。

 

なんでこんなインチキになっているのかといえば、企業側はとにかく残業代や社会保険料を抑制したい(昔は賞与に社会保険料がなかったし、その後も手当てにすると減らせるとか経費にできるとか、様々な財テクがあった)ということがあったし、

従業員側は賞与を安定支給してもらいたい(業績が悪い時にも安定支給してほしい、固定費化して欲しい)ということがあったので、このような「給与の賞与化」が行われてきた。

現代でも経団連は「年収ベースの賃上げ」と月収を上げるのを嫌がるが、インフレ対応のためなら本来は給与で払うべきものであり、

賞与として生活給を支払いたいという古い考え方である。賞与は給与に比べて不利益変更が容易であることも経団連が賞与で払いたいマンの理由なのだが、

それを見て、消費を増やそうとなるだろうか。インフレは持続するものなので、消費を増やすなら月給の手取りが増える必要があるだろう。

 

この固定支給部分が多く変動しない賞与は今のように業績が良い時期には賞与の抑制装置として働いてしまい、過去最高益で利益が2倍3倍10倍になったのに、賞与が大して増えない状態となっている。

 

ともあれ、アホ学者の言う日本の賃金は生産性ガー云々がいかに現実と乖離しているのかがわかるだろうか。

そもそも、生産性を反映する賞与の幅がほとんどないのだから、生産性と賃金はほとんど関係ないのである。

 

それっておかしくね?と言うことだが、そもそも、生産性が上がっても賃金が上がらないような仕組みにしたいという企業側の意図と生産性が下がっても賃金が下がらないようにしたいという労働者側の意図で構築されてきたものなんだから。

 

(じゃあどうすりゃいいのか)

定期昇給は2%、賞与も好業績でもほとんど増えない。

バブル期や平成不況期に作られた人件費を抑える仕組みが発動して、過去最高益でもなんでも、年収ベースでも大して増えないわけである。

 

さて、それでは、どうやれば良いのかと言ったら、給与や賞与の算定根拠となっている人事制度を業績や生産性に連動する他国並みの仕組みに変えるしかない。

良いときはどんどん賃金を上げるし賞与も出す、悪い時は訴訟覚悟で逆もやるということ。生活給を賞与で払うなんて財テクはやめて払うべきものは給与で払う。

 

そして、これを変えるのは非常に大変で経営者としては精神的にもきつい仕事になり、何年もかかる仕事でぶっちゃけやりたくないので、小手先の対応(昇給抑制、年齢制限リストラ、ベースアップで若手の賃上げ)だけしているというのが今の状況。

 

また、これをやって好業績期に賃金が正当に上がるようにしたところで、経営者としては評価されないだろうし、数年しかない任期の中でわざわざこれに取り組む動機は薄い。

そもそも、今の経営層は平成不況下のコストダウンで成果を出したガチケチが多いから、人件費を有効活用して業績をアップさせるみたいな改革は苦手。(減らす知恵は豊富)

 

その後のデジタルネイティブ世代は、イノベーションや人の労働意欲が競争力の源泉であり、人件費は投資という概念を持っているように感じる。(また、昨今ではとにかく人手不足が課題で人がとれないことがビジネスの制約になってしまっている。)

このような世代が意思決定をするようになれば、昭和や平成に形成され、それなりに機能したが今となっては足枷の仕組みをぶち壊すことができるようにも思う。

 

なお、これについて、解雇規制を緩和すればいいという雑な議論をする人がいるが、中にいる人から見るとほとんど効果がないように思える。

労働市場を流動化したい人材業者のポジショントークだが、無知な人はそれが本当のように信じてしまうことがある。

 

今問題なのは、好業績で余力もありまくるのにバブル期や平成期に作られた人事制度のせいで賃上げできないということである。

経団連の言う「解雇できないから採用は慎重になっちゃう」はただの方便で建前。

中小企業ならともかく、大企業は解雇はできるし訴訟コストを見込んでおけばいいだけ。

 

解雇規制を緩和すれば労使で決定される人事制度の決定に外圧を与えることができるかもしれないが、その結果は不明確だ。

そもそも、日本では離職率の高い業界の人件費が高いかと言われれば低い。また、日本の歴史上、賃金がどんどん上がったのはガチガチの終身雇用の時代である。人材が流動化したら人件費が上がるという一見それっぽいだけで疑わしい。成果主義にすれば賃金が上がるといった平成、実際にはガッツリ賃下げに利用されただけだった。

 

平成不況下はあらゆる外部環境変化を賃下げに活用してきたが、この延長線にあるケチ経営者の考え方は、

「解雇規制が緩和されたら、年功制度で若い時に賃金が過剰に抑制され、その後現時点で見れば生産性より賃金が高い人を解雇して、新人は既得権としてそのままにすれば、短期的に総人件費が減らせるのではないか」となる。

 

個人的には、解雇規制よりも賃金の透明性を高めることが競争を促し賃上げにつながるように思える。本来はあまり関係ないのだが、他社はどうなのか気になるマンが多い。

オープンになっている新卒初任給は唯一競争が一定程度働いている。これは透明性が高いからで、社内の理論はともかく、他社より少し高くしたいのである。

 

ガンとなっている人事制度を内部改革で頑張って変えること、賃金の透明性を高めて他社との比較を容易にすること、これが必要。

また、プレッシャーという点では役員報酬の開示も有効であると思われる。クソ業績でも報酬を増やしているオーナー社長が度々話題になるが、透明性が高められばふざけんなとなる。

 

無論、簡単ではないが、金融緩和でも法人減税でも賃上げが起こらなかったように、何か簡単な方法一発で問題を解決できるような話ではないので、

時間と情熱をかけて本質的に変えていくしかないのではないかと思う。

 

今の処遇が気に入らない人は転職するもいい(それでプレッシャーがかかることもあるだろう)が、大きな会社を中から変える人材がいなければ、子供の代まで「好業績でも賃上げ2%、賞与はほとんど上がらず」という昭和や平成のゴミを大部分の会社が引き継ぐことになってしまう。

 

これを変えることは日本の未来にとって非常に重要な話だと思う。